夕立が降る
ざあざあと
無人駅
帰り道
パシャパシャ水を駆ける足音
年端も行かぬ子飛び込んだ
ずぶ濡れたまま辺り見回し
走り出そうとする腕掴んだ
(鉄砲はきらい、こわい、人間はこわい、こわい)
「ねえねえ待ってよ、待ってよ、風邪ひくよ、これ差しな」
差し出した自分の傘、ああ
泥が跳ねて雨で滲みひらがなのネームプレート
綺麗だなんて言えないが
遠慮がちに睫毛を伏せたから
「家が近い」と嘘をついた
「必ず返す」と言い子は去ってった
雨雨降るな傘を渡した
あの夏から2年が過ぎた
雨雨降るな傘を忘れた
天気予報的が外れた
雨雨降るな傘を探した
無人駅で途方に暮れた
雨雨降るな傘を忘れた
「あの」と下駄の音近付いた
(人間はこわい、こわい)
(貴方はこわい、じゃない)
「風邪をひいてはならぬ、送ります、参りましょう」
差し出された蛇の目傘、ああ
和服に外套襟巻引っ掛け下駄をカランコロン鳴らす
美しい人がいた
遠慮がちに睫毛を伏せた
「家が遠いから」と断った
「嘘つき」手を引かれて
「さあさ、転ばぬように、送ります、参りましょう」
いつの間に唐傘の中、ああ
細く降る秋雨の中子どもの様に手を繋がれ
無言で歩いた
家の前蛇の目渡された
戸惑うと「あなたのものです」と
手にあるのはいつか貸した傘
驚き顔あげれば誰もいなかった
(あなたはだあれ、だあれ、だあれ、やっとで化けをおぼえたの)
(あなたはだあれ、だあれ、だあれ、本当はかえしたくはないの)
(あなたはだあれ、だあれ、だあれ、せっかくひらがなおぼえたの)
(あなたはだあれ、だあれ、だあれ、名札がにじんでよめないの)