栗花落香奈乎と名付けた少女と一緒に屋敷で暮らし始めて三ヶ月
忍:ほら香奈乎
朝起きたら顔を洗って歯を磨く
お着替えしなさい
お布団も畳んで
ほら、早くご飯食べなさい
食べたお茶碗とお皿は片付けて
今日も朝から香奈乎に指示の連続
香奈乎は毎朝のことも
こうして一つ一つ指示しないと何もできない
日課にしてるお習字のときも
忍:墨を磨り終えた?
香奈乎:はい
忍:平仮名とカタカナ
五十音順に書けるようになったから
今日はそうだな
自分の名前をカナヲって書いてみようか
香奈乎:はい
忍:どうしたのじっとして
書いていいのよ
香奈乎は振り袖から一枚の銅貨を取り出したんだけど
それは
姉さんから物事を決める時に使いなさいと渡された銅貨
えっと香奈乎
銅貨で何を決めるつもりなの
香奈乎:平仮名で書くか
カタカナで書くか
表だったら、平仮名
裏だったら、カタカナ
忍:もー、いいから、カタカナで書いてみて
香奈乎:はい
忍:指示されたこと以外、自分から決めて行動できないなんて
この先ちゃんと生活していけるのかな、この子
しんぱいだな
カ
ナ
ヲは書き順に気を付けて
横線
横線
祓い
よくできたわ
次は……
カナエ:どう?頑張ってる?
あら、上手に名前が書けてるじゃない
すごいのよ、香奈乎
ご褒美におやつにしましょうね
忍:おやつにはまだ早いわよ、姉さん
カナエ:いいのいいの、香奈乎はお利口さんなんだから
忍:まだ名前を書けるようになっただけだって
カナエ:もう名前が書けるようになったなんて
よく頑張ってるわよ香奈乎は
忍が性急すぎるのよ
忍:そうかな
私、急ぎ過ぎなのかな
カナエ:今日のおやつはね
いただきもののカステラとみたらし団子があるの
香奈乎はどっちがいい
香奈乎:どっちでも……
カナエ:香奈乎の食べたい方でいいのよ
忍:香奈乎、自分の好きな方を選べばいいの
また銅貨
香奈乎:表が出たら、カステラ
裏が出たら、お団子
表が出たから、カステラ
忍:姉さん、やっぱりおかしいよ
好きなものまで自分で決められないなんて
カナエ:気にしない気にしない
香奈乎は可愛いんだから
忍:姉さんは香奈乎に甘すぎだよ
カナエ:ああ怖い怖い
怖いね忍姉さんは
忍、いつも眉間にシワを寄せていたら
香奈乎に嫌われちゃうぞ
ほら、大好きなお団子でも食べて、機嫌直して
忍:お団子
カナエ:そう、その笑顔
忍には笑顔が一番よ
ねえ香奈乎
忍:姉さんったらもう、いつもそれなんだから
カナエ:あら。香奈乎、遠慮しないで、カステラいただいていいのよ
香奈乎:はい、いただきます
鬼滅の刃·胡蝶三姉妹の夕べ
今日は、近くの神社で縁日が開かれる日
姉さんと香奈乎の三人で出かける予定だったんだけど
カナエ:ごめんね、お館様に呼ばれたから
今から行かなきゃいけないの
忍:じゃ、今日の縁日見物は取りやめ?
カナエ:ううん、大丈夫よ
用が済み次第行けると思うから
そうだ、私を待たずに先に二人で出かけたら?
忍:ええ?
カナエ:二人に任せるわ、じゃね
忍:どうしょっか、香奈乎
先に二人で行ってる
香奈乎が銅貨を取り出した
そうだよね、香奈乎に聞いたら銅貨で決めようとするよね
忍:香奈乎、先に二人で縁日に行ってよっか
うん、行こう
香奈乎:はい
(商人:さあはあ、よってらっしゃい見てらっしゃい)
香奈乎と一緒に縁日にやってくると
神社は沢山の人手で賑わっていた
忍:すごい賑わいね、屋台もいっぱい
ねえ香奈乎
(商人:美味しい美味しいお汁粉)
本当に大丈夫かしらこの子
いつか自分の気持や意思をきちんと表に出せるようになるのかしら
お?
私はあることを思いついた
忍:ね、香奈乎、これだけ色んな屋台が並んでいるんだから
自分の好きなものを探してみない?
香奈乎:好きなもの
忍:そう、香奈乎の好きなもの
香奈乎:わからない……
忍:うんとね、これいいなぁとか、これほしいなぁとか、これ食べたいなぁとか
そうゆうものを見つけたら自分で買って見るのよ
今お小遣い渡すかな
やっぱり決められないよね
姉さんなら、困った顔が可愛いーとか言いそうだけど
香奈乎のために私はやるんだから
忍:香奈乎
香奈乎:はい
忍:自分の意志で買い物してみよ
なんだっていいのよ
欲しいものでも食べたいものでも
香奈乎の好きなものがあったら、自分でお金を渡して買うこと
これが私からの指示よ、いい?
香奈乎:はい
忍:じゃあこれ、お小遣い
ただし、危ないから、この鳥居から外に出てはだめだからね
香奈乎:はい
さてさて、見つからないように後をついて行かないと
香奈乎、頑張れ
(商人:さあさあいらっしゃい)
(商人おいら、焼き立ての煎餅だよ)
香奈乎、何選ぶかな
お煎餅とかお汁粉とか
なんだかんだまだ子供だから、的矢するとか
お、飴細工の前で足を止めた
どう、買うの
なんだ、人が多過ぎて詰まっただけだ
田楽もだめ、巾着もだめ
やっぱり選ぶのは無理だったかな
お、また止まった
今度こそ、焼き立てのお煎餅
香奈乎、買っちゃえ!
あ?見てるだけ
店のおじさんがお醤油を塗ってるのが何か気になるのかな
おじさん:そこのお嬢ちゃん
香奈乎買って、買うのよ!
おじさん:蝶々の髪飾りをしたお嬢ちゃんだよ
忍:え?私?
おじさん:そうそう、お嬢ちゃん
あんたいい髪飾りしてるね、うちにも良い品が揃ってるよ
見ていかねえかい
忍:ああでも……
おじさん:見るだけでも見ていきなって
何なのよこの大事な時に
お、これ、香奈乎に似合いそう
花や鳥を模した髪飾りに気を取られた瞬間
男:久しぶりだな、どうしたお前
身なりが小綺麗になって
見逃すところだったぜ
ほら来いよ、名無し
香奈乎?香奈乎、どこ?
香奈乎がいない。人垣が邪魔でよく見えないじゃない
ごめんなさい、ちょっと通してください
すみません、すみません
すみません、通してください、すみません
どこなの香奈乎
香奈乎の声だ
男:こっち来るんだよこっち
来いって言ってるだろうか、この名無し
香奈乎:名無しじゃない
男:いいから来い名無し
香奈乎:名無しじゃない、ツユリカナヲ、私は栗花落香奈乎
忍:その手を香奈乎から離せ
男:いてっ
忍:香奈乎、私の後ろに
男:何しやがれ、てめえは、あの時のどろぼう猫
忍:誰がどろぼうよ、ちゃんとお金渡したでしょう
男:あんな端金じゃ足りねえな
それによ、てめえらにそのガキを売った覚えはねえぜ
ガキは俺のもんだ
さあ、とっとと返しやがれ
忍:香奈乎
香奈乎:私は、栗花落香奈乎
忍:香奈乎、大丈夫よ香奈乎、私がついてる
男:ほら名無し、背中になんか隠れてないで出てこい
忍:香奈乎は渡さない
男:大人の言うことは素直に聞くもんだ、でないと、痛い目に遭うぜ
忍:こんな大勢の前で刃物を抜くなんて、本当最低ね
男:さあ、ガキを渡しな
忍:聞こえなかったの、渡さないって言ってるでしょう
男:全く小生意気な娘だぜ、ならてめえも捕まえて二人仲良く売り捌いてやる
カナエ:許せないなぁ
私の大事な妹たちにそんなことされたら
忍:姉さん!
カナエ:ごめんね、遅くなって
おじさん、ちょっとこの担ぎも借りるね
男:なんだてめえ、やる気か
カナエ:さあ、かかってきなさい
男:小娘が
(一顿痛殴)
忍:あんたなんかが姉さんに勝てるわけないんだから
男:小娘が、何を偉そうに
(倒)
忍:ああ、だから言ったのに
カナエ:まだやります?
もしまた香奈乎、あの子の前に現れたら、私達が承知しませんよ
分かりましたね
分かったら、さっさと行きなさい
男:退け、退けろ
カナエ:あらら、巡査さんが来ちゃったわ
忍:あの男、本当にもう香奈乎にちょっかい出さないかな
カナエ:大丈夫でしょ
忍:姉さんは楽観的だな
カナエ:忍が心配性なのよ、ねえ香奈乎、って、香奈乎は?
忍:そこにいるでしょ。へ?
今までそこにいたはずなのに、香奈乎がいなくなっている、どこ?
カナエ:香奈乎、香奈乎
忍:香奈乎、香奈乎
カナエ:探しましょう
忍:うん
二人:香奈乎、香奈乎
忍:香奈乎
カナエ:忍、ほら、いたわよ、香奈乎
忍:良かった
どうして黙っていなくなったりしたの、心配するんじゃない
香奈乎:お巡りさんとお話してたから
忍:だからって勝手に……
お兄さん:あんた、その子のお姉ちゃんかい
忍:え?
お兄さん:妹さん、どうも神社から引き上げようとするおいらを見て
慌てて追いかけてきたみたいなんだ
ほら、お釣りだよ
香奈乎:あ……
お兄さん:釣り銭も受け取らずに行っちまいやがって
今度から気を付けなよ
忍:あの、屋台のお兄さんですか
お兄さん:また、ご贔屓に
毎度
カナエ:香奈乎、今のお兄さんから何か買ったの
姉さんが尋ねると香奈乎は着物の懐から包を取り出し
忍:私に?
香奈乎:うん
差し出された包を開いてみると、中にみたらし団子が入っていた
忍:これ……
香奈乎:好きなものを買っていいって言うから、食べて欲しくて
忍:香奈乎……
カナエ:もうなんて可愛いの
忍:釣り銭ももらえ損ねるなんてだめじゃない
明日から算術の勉強もやるからね
香奈乎:うん
帰り道、前を行く香奈乎の後ろを歩きながら
私は姉さんに神社での顛末を話した
カナエ:じゃ香奈乎は自分から栗花落香奈乎って名乗ったのね
忍:そうなの
嬉しかった
香奈乎は名無しでも、親に売られた女の子でもない
私達の妹、栗花落香奈乎だ
カナエ:それに、自分から抗ったり忍にお礼のお団子を買ったりしたわけでしょ
今日のことをきっかけに変わるかもよ、香奈乎
忍:そうなるといいな
私は心からそう思う、香奈乎のためにも
でも
忍:朝起きたら顔を洗って歯を磨く
お着替えしなさい
ほら、早くご飯食べなさい
結局私があれしろこれしろって指示しないと
香奈乎は相変わらず何も行動できないでいた
忍:姉さん、全然変わらないじゃない
カナエ:まあまあ、長い目で見ていきましょう
香奈乎は可愛いもの
忍:だから理屈になってないって
カナエ:あら香奈乎、ちゃんと朝ご飯残さず食べられたのね
偉いわよ、香奈乎
忍:姉さんったら
香奈乎、食事を終えたら、お茶碗とお皿、お片付けしてね
香奈乎:はい
本当に香奈乎が変わる時が来るのかな
終わり