よだかの星
宮沢賢治
「東の白いお星さま、
どうか私をあなたの所へ連れてって下さい。
やけて死んでもかまいません。」
鷲は大風に云いました。
「いいや、とてもとても、
話にも何にもならん。
星になるには、それ相応の身分でなくちゃいかん。
又よほど金もいるのだ。」
よだかはもうすっかり力を落してしまって、
はねを閉じて、地に落ちて行きました。
そしてもう一尺で地面にその弱い足がつくというとき、
よだかは俄かにのろしのようにそらへとびあがりました。
そらのなかほどへ来て、
よだかはまるで鷲が熊を襲うときするように、
ぶるっとからだをゆすって毛をさかだてました。
それからキシキシキシキシキシッと高く高く叫びました。
その声はまるで鷹でした。
野原や林にねむっていたほかのとりは、
みんな目をさまして、
ぶるぶるふるえながら、
いぶかしそうにほしぞらを見あげました。
夜だかは、どこまでも、どこまでも、
まっすぐに空へのぼって行きました。
もう山焼けの火はたばこの吸殻のくらいにしか見えません。
よだかはのぼってのぼって行きました。
寒さにいきはむねに白く凍りました。
空気がうすくなった為に、はねをそれは
それはせわしくうごかさなければなりませんでした。
それだのに、ほしの大きさは、
さっきと少しも変りません。
つくいきはふいごのようです。
寒さや霜がまるで剣のようによだかを刺しました。
よだかははねがすっかりしびれてしまいました。
そしてなみだぐんだ目をあげて
もう一ぺんそらを見ました。
そうです。
これがよだかの最後でした。
もうよだかは落ちているのか、
のぼっているのか、
さかさになっているのか、
上を向いているのかも、
わかりませんでした。
ただこころもちはやすらかに、
その血のついた大きなくちばしは、
横にまがっては居ましたが、
たしかに少しわらって居りました。
それからしばらくたって
よだかははっきりまなこをひらきました。
そして自分のからだが
いま燐の火のような青い美しい光になって、
しずかに燃えているのを見ました。
すぐとなりは、カシオピア座でした。
天の川の青じろいひかりが、
すぐうしろになっていました。
そしてよだかの星は燃えつづけました。
いつまでも いつまでも燃えつづけました。
今でもまだ燃えています。