「扇の的(平家物語)」
「……いま一度(いちど)本国へ迎へんとおぼしめさば、
この矢はづさせたまふな。」
と心のうちに祈念して、
(静かに)目を見開いたれば、
風も少し吹き弱り、
扇も射よげにぞなつたりける(レ)。
与一、
かぶらを取つてつがひ、
よつぴいてひやうど放つ。
小兵(こひやう)といふぢやう、
十二束三伏(そくみつぶせ)、
弓は強し、
浦響くほど長鳴りして、
あやまたず扇の要(かなめ)ぎは一寸(いっすん)ばかりおいて、
ひいふつとぞ射切つたる。
かぶらは海へ入りければ、
扇は空へぞ上がりける。